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世界は光と闇の戦いの場なのか?

zoroasutaa

幻魔大戦はファンタジーだと思っていた

ゾロアスター教の存在を習ったのはたしか中学校の頃で、「世界は光と闇の闘争の場である」という教義は鮮烈でした。
まるで「幻魔大戦」か、なんて思ったけど、当時は、あまりに現実離れして思えたものです。けれど、以外と、その解釈は当たっているのかもしれない、と感じるのが昨今…。

最近、世界は「お金が大事」という人たちと「命が大事」という人たちとの戦いの場なのだと感じることがあります。
これは「今が良くなきゃダメじゃん」という人たちと「未来に配慮した今が大切」という人たちの戦いにも繋がっています。
それらと相関関係があると睨んでいるのが、「自分がよければいいじゃん」という人たちと「みんながよくなければダメじゃん」という人たちの戦いです。
この「自分がよければいいじゃん」と「みんながよくなければダメじゃん」はそれぞれの個人の心の中にも同居してして、それぞれの心もその戦いの場なのだと思いますが、ここでは話しをわかりやすくするために、そういう二つの「勢力」があることにします。
そもそも、世界にあるその「勢力」はどちらが優勢なのでしょうか。
そんなことを考えていたら、脳科学者である中野信子さんの「脳内麻薬」という著書の中にその「答え」らしきものを見つけました。

この著書の後半で「独裁者ゲーム」という心理テストが紹介されています。

【独裁者ゲーム】

参加者は2名。換金可能な30枚のチップがあって、一人が分配者になり、一人がその受け取り役になります。
わたしが分配者ならば、躊躇なく15枚ずつ半分こに分けるところですが、実験の結果は違いました。平均では6枚ほどを受け取り役に渡し、残りの24枚は分配者が独占するというものでした。
どうやら世界に住むニンゲンは、かなり「自分がよければいいじゃん」系が多いようです。
日本人の場合、平均で12枚を渡し、18枚を分配者が取るという報告もあるようですが、日本人には「相手から『良い人』と思われたい」という「社会的報酬」欲求がより強いからだという見方もあり、「あ、なんか日本人、優しい」とだけ喜べません。
さて、ここまでは「自分がよければいいじゃん」系の圧勝といってもよいですが、もし相手に拒否権があったらどうなるかというのが「最後通牒ゲーム」です。

【最後通牒ゲーム】

参加者は2名。換金可能な30枚のチップがあって、一人が分配者になり、一人がその受け取り役になります(←ここまでは同じ)。
追加ルールが「分配者の行う配分に納得いかない時に、受け取り役はそれを拒否することができ、その場合、双方ともチップはもらえない」というもの。
このルール下だと、「拒否されては元も子もない」ですから、一定の割合で受け取り役のチップが増えます。
さらに、ここに「他人の視線」が加わると結果はどう変わるでしょうか。それが分かるのが「換金率に差をつけたゲーム」です。

【換金率に差をつけて行う2種類のゲーム】

これまでのルールに加え、「チップの換金率に差をつける」というもの加えます。分配者の換金率が2倍ならば、もしチップを半分にしても、分配者の利得は2倍になります。
そして、この不平等な換金率を受け取り役に知らせるか、知らせないか、で結果はどうなるでしょうか。
分配者が感じるプレッシャーは、当然、不平等な換金率を相手が知っているほうが強くなります。
まとめると…
●放っておくと、「自分がよければいいじゃん」系の勢力のほうが強い。
●相手になんらかの反撃手段があると分配比率は変わる(その場合、同等の力=武器でなくてもよい)。
●不公平の認識や、それを知らせる存在によっても分配比率は変わる。
という感じでしょうか。
これを具体的に解釈するとこんな感じかな。
●金銭的利得や社会的報酬抜きに「みんながよくなければダメ」という人は意外と少ない。
(個人的には、もっとたくさんいると思ってたんだなあ…)
●無防備はだめ。法律なり情報なり、小さくても有効な手段を持つこと。
(今の三権府はどちらの味方なのかなあ…)
●情報はできるだけ裏まで収集し、不平等を伝えるジャーナリストは大切にする。
(マスコミが今、この役目を果たしていないんだなぁ…)※もしジャーナリストがいなくなったら町はどうなってしまうのか?については別なページで詳しく書いています→リンク!

無慈悲で自己本位的な脳とは?

ところで、前述の「独裁者ゲーム」は、人がどれだけ利己的で自己中心的な行動がとれるかが分かる心理テストです。
この、無慈悲で自己本位的行動をとる人ほど、バソプレシン受容体を作る遺伝子AVPRIAの長さが短い=すなわちバソプレシンを感じにくい脳の持ち主であるとされています。
バソプレシンとは抗利尿ホルモンとして高校でも学ぶそうですが(まったく記憶にない!)、相手に愛着を形成するホルモンとしても知られているとのこと。これが少ない、あるいはこの受容体を作るAVPRIA遺伝子が短いと、無慈悲な行動をとりやすいということは、「そういう脳の持ち主」が多いということなのでしょうか。

神様の選択

「みんながよくなければダメじゃん」という人たちからすれば、「神様はどうしてそういう脳も作ったのだろう」と考えます。
ここで、神様の立場になってみると、神様としては「人類の遺伝子の存続が最重要事項」になりますから、「あらゆる環境でもナニかが生き残るようにさまざまなタイプを用意」するのがひとつの選択になります。
実際、仏教で言う「欲界」のような世界では、「そういう脳」を持った人たちのほうが生存確率が高いかもしれません。
そして、もし、そういう遺伝子のカタチや「そういう脳」が現代において多数派を占めているとすれば、今の世界が、「そういう脳の持ち主」が適合し、生存しやすいのかもしれません。
逆に、「そうでない(バソプレシンを感じやすい)脳」のほうが適合しやすい世界がになれば、「そういう脳」は減少するのではないか、とも推察できます。

ひょっとすると、昔々、「独裁者ゲーム」をやったならば、もっと強烈で無慈悲な人が多く、実は今、減少傾向にある、、、ということだってあり得るのですね。

無慈悲」という言葉が出てきたので、「慈悲」について…、仏教辞典によれば「…自己の呻きを知る者は他人の苦悩にも共感でき、苦悩するすべての者への親近感・友情を持つ。これが【慈】である……その同苦の思いやりを【悲】と呼ぶのである」とあります。
この「他人の苦悩に共感」する心は、(苦悩や苦痛を引き受け)命を授かった身ならば、有するのが当然の能力だと思います(最近では動物にも同様の「共感力」があり「憐憫」を感じる資料もあります)。
「他人の苦悩に共感する能力」を持った人たちがもっと活躍できる世界をわたしはイメージしようと思います。

もしも、一つだけ願いが叶うのなら

最後に、もし時間があったら、このYouTube動画をごらん下さい。時間にして5分ちょっとです。

これは、スペインで行われた社会実験です。

「もしも、一つだけ願いが叶うのなら、あなたは何を願いますか?」
「あなたにとっての幸せは何ですか?」

という同じ質問に、互いが見えない壁越しの二人がそれぞれ答えます。
二人とも相手の顔は見えませんが、相手の答えが耳には入ります。

「サハラ砂漠を旅したい」
「4人の子どもたちが幸せに生きてほしい」

「寝るときと、音楽を聞くときが一番幸せ」
「お母さんが私の心配をしないとき」

実は、片側にいる人は、ガンや白血病やリンパ腫などを患っているのですが、微妙にトーンが異なる相手の答えに対して、それぞれが苦笑いしたり、淋しそうにしたり、すこし驚いたりする様子が見て取れます。
最後に、壁がなくなりお互いを自己紹介し、抱擁しあいます。

異なった境遇の人立ちも、壁越しに同じ質問に答えるだけで、お互いに共感することができるということに、わたしはちょっと目頭が熱くなってしまいました。
会話はスペイン語ですが、動画では英語のテロップが入っているので大意はわかると思います。

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