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「シュガーマン」、窓際、そして生歌。

ある日、この世に数人しかいない親友(と私が勝手に思ってる)から、メッセージがありました。
「映画『シュガーマン』絶対見た方がいい。だまされたと思ってさ」
メッセージの発信時間は深夜2時33分。
これは見ないわけにはいきません。
ということで、先日、角川シネマ有楽町へ行ってきました。
それほど人気がないのか、上映は10時15分からの1回のみ。
早起きさんで行ってきました。
IMG_1713.jpg
「シュガーマン」はあるシンガーの行方を追ったドキュメンタリー映画です。
「ディランがソフトに感じた」と言われたシンガー、ロドリゲス。
1970年代初頭にデビューするもアメリカでは鳴かず飛ばず。ところがそのロドリゲスの歌が、なんと南アフリカでは反アパルトヘイト闘争のシンボルになり、現地ではプレスリーよりも大人気に。
でも、本人はすでに「自殺した」という噂も…。
こちらが映画の予告編です▼

ネタバレになるかもですが、実は彼は生存していました。
彼の歌が南アフリカで記録的ヒットになりながら、彼自身は清貧と言ってよい暮らしを続けていました。
ビルの解体やメンテナンス、内装などのきつい仕事を丁寧に行いながら、3人(だと思う)の娘たちには最高の文化や芸術に触れさせていました。
肉体労働の現場への「出勤」にはいつもタキシードを着る男でした。
そして、南アフリカでの大人気を知ると、早速、家族で機上の人となります。
飛行機のタラップを降りると、彼らのためにカーペットが敷かれていました。
テレビや雑誌の取材がたくさんあつまりました。
そして武道館クラスとも思われる大きなコンサートを何回も成功させて帰ります。
そこで得た収入は家族で分け、自分はまたもとの暮らしに戻ります。
ざっとこんなストーリーですが、まず多くの人が感じるのは、「自分の為したことが時空を超えた場所で評価されることがある」という不思議でしょう。
それは「自分の作品が、自分の知らないところで他人のチカラになったりすること」であったりもします。
わたしもたとえば音楽活動をしていて、似たような(ロドリゲスほどの規模ではぜんぜんないですが)感慨を得たことがあり、それが、次の活動のエネルギー源のひとつになることもあります。
さらに私が感じたのは、「彼はずっとミュージシャンとして生きていた」ということです。
いきなり単身(家族も一緒だけど)で南アフリカへ飛び、現地調達のサポートミュージシャンをバッグにビッグコンサートを成功させるということは、そのために準備を行っていた者だけにしか為し得ません。
肉体労働で糧を得ていたロドリゲスですが、ず〜っと長い間、ミュージシャンとしての人生を積み重ねていたのだとわたしは思います。
映画には描かれていませんでしたが、具体的には、常に楽器に触る、声を発する、といったフィジカルなトレーニングからメンタルな備えに至るまで、「いつ大きな本番があってもいいように」、彼は準備をきちんと行っていたはずです。
そして、彼はおそらく、「南アフリカでの大ヒット」がなくても、その準備を日々行っていたことでしょう。
毎日、タキシードを着て作業現場へ向かう、という彼の姿勢がそれを表している気がします。
見る人がいてもいなくても花は咲く。
明日が世界の終わりでも花は咲く。
あらためて、今日、与えられた務めを心を込めて果たそうと思いました。
ところで、南アフリカで大ヒットをしながら、ロドリゲスはなぜお金持ちにならなかったのでしょう。
(こちらは映画のサントラ盤CD▼)

ロドリゲスの娘は「多くが海賊版だったから」と言っていますが、当時、南アフリカでは3社のレーベルがレコードをリリースしていたそうです。そのうちのA&M社は原盤印税をアメリカに送金したと言っています。
でも、ロドリゲスにお金が届いていないということは、誰かが盗ってるということでしょう。
映画では断言していませんが、当時サセックスレコードのクラーレンス・エイボン(後にモータウンレコード社長になった)のインタビューの様子が真実を示唆しているように思えます。
レイ・チャールズの生涯を描いた映画の中にも、ミュージシャンを安くこき使って金儲けをする興行主が出てきますが、そういった構図はいつの時代にもあるわけで、これもある意味、人間の本性なのですね。
さて、映画の最後のシーンは、ロドリゲスの自宅の様子でした。
窓際で生ギターで「シュガーマンを探せ」を歌うロドリゲス。
わたしはあのシーンがとても好きです。
きっと、世界が終わる日が来ても、同じ事をしているのでしょう。

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